「乗り鉄(ノリテツ)」なんです!
望月 このたびは、社長就任おめでとうございます。絶対鉄道好きな方に違いないと思って、お会いするのを楽しみにしていました。実は私も「鉄子(テツコ。女性の鉄道ファン)」なんです。
鑓田 そうですか!それは嬉しいですねぇ。私は大学で鉄道研究会の会長をしていまして、大学4年間はずっと国鉄(現・JR)のバイトをやっていました。原宿駅にいたのですが、1980年代の原宿はタケノコ族やらローラー族やらでごった返して凄かったですよ。遠距離からの精算も多いし、まるで修羅場でした。そこで鍛えられたので改札業務はお手のモンでした。
望月 その流れで鉄道会社に入られたのですか?
鑓田 いや実は、転勤が少なそうな会社と思って鉄道会社を選んだのです。縁あって京王電鉄に入り、研修後に配属されたのは幡ヶ谷から桜上水までを管轄する駅管区でした。下高井戸駅や笹塚駅では放送業務も経験し、駅管区の後は京王線で車掌もやりました。いまでもケーブルカー駅の案内放送をやったりしますよ。
望月 鑓田さんは「なに鉄」なんですか?
鑓田 私は列車に乗るのが趣味の「乗り鉄(ノリテツ)」です。俗にいう「乗りつぶし(1つ1つの 鉄道路線を全区間乗車していくこと)」まではやっていませんが、いまでも旅行は好きです。列車に揺られながら酒を楽しみ、目的地に着いたらその土地のものを食べて、飲む。六角精児さんが「呑み鉄(ノミテツ)」と言っていますが、これを言い出したのは自分のほうが先だと自負しております。今の時代はネットでなんでも買えるけど、その場所へ行かないと食べられない、飲めないものがあるのです。それを楽しむ。
望月 印象的な土地や食べ物はありましたか?
鑓田 30年以上前になりますが、北海道から下北半島に渡って、降りた駅の近くの食料品店でお赤飯のおにぎりを買ったんです。列車に乗って食べたら、なんとそのおにぎりが甘い。どうやらその地方では赤飯に砂糖を入れて炊くらしい。日本の食文化で一番びっくりしたのはここかな。
望月 私は子どもの頃、時刻表を隅から隅まで読んで路線を繋いで空想の旅をするのが好きでした。欄外の駅弁情報、今もあるのかな。列車や電車というのは、車窓から見える景色を感じながら目的地に連れて行ってもらえる。この密やかな楽しみを鉄道マニアの友人に話したら〝それはノリテツというんだよ〝と教えてくれました。実は仕事で五所川原を訪ねた折、こちらからお願いして津軽鉄道に乗せていただいたのですが、ここは市民や行政が協力し合って路線を守る活動をしていることで有名ですよね。単線の線路両脇の美しさは忘れません。道があり、人と物がつながり、そして出会いが広がる。鉄道っていうのは、廃線にしてはいけないと強く思うのです。
公共交通機関を活用して滞在型の観光地へチャレンジ
鑓田 公共交通機関が無いと、FIT(海外個人旅行。Foreign Individual Touristsの略)も成り立ちません。各地が観光で頑張ろうと思っても、できない。その点、青梅市内の公共交通機関は、もっと活用できると思っています。例えば、御岳渓谷エリアと吉野梅郷エリア。観光マップではそれぞれ別のゾーンとして紹介されていますが、御岳から渓谷遊歩道を歩いて軍畑の手前まで行けば、そこから吉野のバス停まで歩いてたった10分です。御岳と吉野がこんなに近いと思わなかったです。以前、京王電鉄で海外戦略部長だった時にインバウンドを担当していたのですが、外国人のお客様、特に欧米の方はよく歩かれます。こういうアクセスに関する情報をもっとアピールしていいんじゃないかな。
望月 青梅に住んでいる方々は車移動が前提となってしまっているので、鉄道やバスにあまり乗らないのかもしれませんね。
鑓田 車も便利ですが、お酒が飲めないですよね。その点、公共交通機関とお酒と相性がとてもいい。青梅には「澤乃井」(小澤酒造)があります。御岳と沢井、それに吉野までつなげて、一泊して楽しもうと思わせる見せ方があるのではないでしょうか。
望月 青梅で一泊すると、高尾山と御岳山の両方のケーブルカーを制覇できるかも。実は今日も午前中に高尾山に行ってみようかと思っていたのです。高尾山も京王グループさんですね。
鑓田 高尾登山電鉄が京王グループに入ったのは最近なので、当社の方が京王グループとしては先輩になります。 御岳登山鉄道は昭和10年に開業しました。山歩きが一般にも広がってきた頃です。その後、戦時下における金属資材供出による休業を経て、昭和26年に地元の有力者3人の尽力で営業再開。昭和47年に京王電鉄が経営に参画し、今日に至ります。ケーブルカーはいま全国に20社と24路線しかありません。
望月 そんなに少ないのですか。それはとても貴重ですね。私は御岳登山鉄道(ケーブルカー)の時速11.5キロが好きなんです。人の足でも走れば追いつくし、とても人間的で、鹿も怖がらずに線路脇まで草を食べに来るそうですね。鉄道マニアの方々はもっと青梅に来ないんですか?
鑓田 軍畑駅手前のトレッスル鉄橋が、鉄道ファンには人気ですね。踏切を渡ったらすぐお寺の階段があるスポットや鬱蒼とした木立と踏切が映えるスポットとか、青梅線にも結構「撮り鉄」は来ていると思います。残念ながら一部の「撮り鉄」は社会問題化していますが。
望月 公共交通機関を乗り継げる周遊券があったらいいですね。会社を超えて作るのは難しいのでしょうか?
鑓田 それはいま国土交通省が推進している「MaaS(マース)(ⅰ)」という取り組みでして、先日青梅でも実証実験を行なったばかりです。
望月 以前住んでいたスイスでは、観光に関する国内のあらゆる情報が網羅されている政府観光局のサイトがあります。イベントカレンダーも充実しており好きなものを選び、ルートも組み立てられる。バスや電車の時刻表や周辺情報も完備されているので、この時間に何かできるかな、と調べると、たちどころに情報が得られます。しかも多言語で、何と日本語版もあります。観光立国ってこういうことかと思いました。ホテルにチェックインすると滞在日程分の無料バスチケットももらえる。自由にあちこち行って楽しんでくれ、という戦略ですね。
鑓田 今回のMaaS実験では食事場所も情報提供しましたが、エリアが分かれてしまい、宿泊誘導までにはなっていなかったですね。
望月 この地域でもお客様を呼び入れて、繋いでいくような仕組みが必要ですね。高尾山から御岳山は「関東ふれあいの道(ⅱ)」で繋がっています。東京都内には全部で7コースあるそうですが、御岳山で宿泊すれば一気に2コースが踏破可能なことをもっと知っていただきたい。二つのお山をつなぐスタンプ帳があったらいいかも。

鑓田 それはいいかも知れません。武蔵御嶽神社は多くの神様をお祀りしていますが、蔵王権現がおおもとであった神様もお祀りしています。また、高尾山薬王院は飯縄大権現をお祀りしています。共に修験道がベースですよね。
青梅、御岳山への私の思い
鑓田 いまJR御嶽駅前のバスロータリーの横に、「山の駅」を作ろうという計画があります。市内に「シネマネコ」を開業された菊池さんが検討されていて、現在、仮営業をしながらお客様のニーズを探ってらっしゃるようです。スイーツや地元の野菜などの物販とカフェが駅前にあれば、電車やバスを1本あとにしても寄ってみようと思いますよね。
望月 それは楽しみですね。私の好きな青梅駅前の「まちの駅」はいわば青梅特産品のセレクトショップで、20時まで開いているしイートインカフェもあるのでよく利用します。御岳エリアにも、夜やっている店があればよいですね。私のような新参者には、ゆっくりしたいと思っても身の置き場所がなかったのですが、そういう場所があれば、もっと来たくなります。さっきも御岳渓谷での隙間時間に、ついお財布の紐を緩めてしまいましたよ。
鑓田 せっかく来てくださった方にゆっくりしていただく案として、御岳山の夜景をもっとPRしたいですね。御岳山からは、所沢から飯能、スカイツリー、新宿まで見える。ケーブルカーは18:30まで動いていますし、土日はこの最終のケーブルカーに接続するバスが青梅駅行きなのです。冬なら16:30頃から夜景が楽しめますので、ゆっくりしていただく。リフトも動かそうじゃないかと。御岳山駅からリフトで富士峰園地まで上がると更に展望が広がります。ここで夜景を見た後、ホットワインで温まっていただくとか。
望月 素敵!社長はロマンチストですね。
鑓田 私は昔から高いところが好きでして、赤ぼっこ(ⅲ)にもよく行きました。ここにはまっくろくろすけ(ⅳ)がいるんですよ。青梅には展望が良いところが多く、好きで青梅を歩いていたら、ここの社長になっちゃった。
望月 夕方の御岳山は、とても静かで下界とは空気が全く違います。高いところから遠くを見ると、視点も変わる。ふだん地面に這いつくばって生きている私たち現代人には、そういう時間が必要なのではないかと思います。

鑓田 私は東京23区の生まれなので、小学校の遠足は高尾山、中学校は御岳山でした。ところが先日明星大学に講演に行った際に学生たちに聞いてみたら、みんな御岳山のことは知らないのです。彼ら若い世代にどうやって来てもらうか、課題ですね。最近の若い人たちはあまり車に乗らないので、そこはやはり公共交通機関のネットワークをアピールしないと。JRとバス、そしてケーブルカー。さきほどお話した吉野バス停は、だいたい20分に1本ある。この便利さがあまり知られていない。
望月 青梅市内のバスが全部20分に1本だったらすごく便利ですよね。地域の人たちも外から来る方もいろいろなところに行ける。
鑓田 多摩地域にはコミュニティバスがたくさんありますよ。東京の地下鉄ネットワークはなぜ曲がりくねっているかご存じですか?線路を既存の道路の下に建設したからという理由はあるものの、どの路線にもなるべく1回の乗換えで連絡できるようにとの考えも反映されて建設が計画されたと聞いています。コミュニティバスも、そういう理念で作れないだろうか。高齢になって筋力が低下してくると外に出なくなる。歩くことは健康の基本なので、バスをどのように使いやすくしているかが、これからの時代のかなり大事なポイントだと思っています。住んでいる地域周辺で、公共交通機関を乗り継ぎながら“ぶらり旅”ができればよいですよね。
健康増進、そして若い世代への発信
望月 ところで、フレイル(ⅴ)という言葉をご存じですか?歳をとると病気や怪我や入院でフレイル になりやすく、その先は要支援・要介護状態が待っています。でも、フレイルになっても一生懸命自分の足で歩くことによってその状態から回復することができるので、高齢者だけでなく座りっぱなしの現代人にとってもすごく大事なことです。コロナ禍で家にこもりがちになったり、リモートワークで足腰が弱り外出が億劫になり、人とも話さないという悪循環が起こっています。これを逆回しの良循環にするために、とにかくお天道様の下で外を歩きましょう、と呼びかけたいです。
私は「観光・健康・環境の三位一体」を提唱しているのですが、この3つはみんな繋がっていると思います。観光を日常の視点で見直すと、地元の人たちが地元で遊ぶという別側面が見えてきます。青梅の四季折々の環境を楽しみながら、外からお友達を呼んでその感動を共有する。これが互いの発見にもなったり楽しい思い出にもなる。青梅の観光はそういう形であってほしいなと思います。
鑓田 青梅には素晴らしい景色があり、旨いものや酒がある。これまで点だった観光スポットを面でとらえて、周遊していただく見せ方もありますね。
望月 私はいま青梅市の総合長期計画審議会の委員をやっているのですが、みんなの願いとして「健康寿命日本一」という政策目標を書き込もうとしています。新町クリニックの立ち位置も治療よりも「予防」で健康寿命を延ばすことです。健康を維持するために歩く。武蔵御嶽神社に祀られている少彦名命(すくなひこのみこと)は医薬の神様で、高尾山薬王院とは薬つながり。二つのお山を歩いて健康増進。スタンプが集まったら新町クリニックの人間ドックの優待券をプレゼントという特典を提案してみようかしら。
鑓田 いま御岳山観光協会さんや当社などの関係者が、地元の広告の専門家である「山の上広告社」さんと一緒に、御岳山のブランディングを考えているところです。江戸時代から武蔵御嶽神社を支えていた御嶽講(みたけこう)(ⅵ)の数が減少しつつあるなか、これから若い世代にどうやって御岳山に来てもらうか。年間80万人と言われる御岳渓谷の観光客を、どうやって御岳山へ上がってもらうか。皆で知恵を絞り、やれることはどんどん実施していきたいと思っています。
望月 私も、できることはなんでもお手伝いさせていただきます。今日はどうもありがとうございました。

鑓田 政信(やりた・まさのぶ)
御岳登山鉄道株式会社 取締役社長
東京都生まれ。
大学卒業後1985年京王帝都電鉄(現京王電鉄)入社。
40歳代まではおもに鉄道部門で計画策定や予算管理等に携わり、その
後は新規事業・施策の立ち上げ・推進に従事。
前職は総務・危機管理部長として新型コロナウイルス対策も担当。
本年6月御岳登山鉄道取締役社長就任。趣味は公共交通機関を使った国
内旅行。
聞き手:望月 友美子
医師/医療法人社団新町クリニック 産業保健統括部長
慶應義塾大学医学部卒業、医学博士。
神奈川県生まれ。
公衆衛生学の「社会のお医者さん」として政策 研究・ 提言活動を長年
行ってきた。WHOや国立がん研究センターなどを経て2020年4月に都
心から青梅市に移住。
クリニックでは地域住民や企業の健康見守り役を担う。最近ヤマンバ
ならぬ「山ガール」デビューしたばかり 。
[対談日] 2022年9月25日
[対談場所] 宿坊「うつぼや荘」東京都青梅市御岳山50
[取材・執筆] 加勢川佐記子(一般社団法人青梅市観光協会)
ⅰ)MaaS(マース):Mobility as a Serviceの略。地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス。
ⅱ)関東ふれあいの道:関東地方の一都六県(東京・埼玉・群馬・栃木・茨城・千葉・神奈川)をぐるりと一周する長距離自然歩道。総延長1,799km、全160コース。東京都内のコースとして、高尾から奥多摩までの延べ約74.4km、7コースが整備されている。
ⅲ)赤ぼっこ:青梅市内の長淵山ハイキングコースの途中にある標高409.5メートルの展望スポット。
ⅳ)まっくろくろすけ:スタジオジブリ制作のアニメーション作品に登場するキャラクター。
ⅴ)フレイル:健康で自立できる状態と要支援・要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態。高齢者が増えている現代社会においては、フレイルに早く気付いて正しく介入(治療や予防)することが大切と言われている。
ⅵ)御嶽講:武蔵御嶽神社を信仰する各地の村や一族の集団。江戸時代中期より関東一円の農家を中心に広まり、その永続と参拝を記念して神社に奉納された碑が、いまも参道に立ち並んでいる。
<参考>スイス政府観光局公式ホームぺージ(https://www.myswitzerland.com/ja/)
